BLOGまち歩き2020.08.31

京都の伝統校「鴨沂高等学校」

東に鴨川、西に京都御所を望む寺町通荒神口に建つ「京都府立鴨沂(おうき)高等学校」。

前身は、明治5年(1872)に創立された「新英学級及女紅場(にょこうば)」です。

新英学級及女紅場は、日本で最初の官公立の女学校(高等女学校)といわれています。

華族の女子が通う英学校と、明治時代の女子の教育機関である女紅場が併存されたものだとか。

女学校創立時には、同志社大学の創設者・新島襄の妻である新島八重が教壇に立ったことも。

大同生命の創業に携わった実業家・広岡浅子の娘・亀子が通った女学校としても知られています。

新英学級及女紅場があったのは、旧九条殿河原町邸。

現在の、丸太町橋西詰南側の「旧京都中央電話局上分局」のあたりです。

当時を伝える「本邦高等女学校之濫觴 女紅場址 従是」と刻まれた石碑が建っています。

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現在地である寺町通荒神口に移転したのは、明治33年(1900)のこと。

戦前には、ヘレン・ケラーが旧校舎の講堂で演説を行ったことでも知られています。

昭和23年(1948)に男女共学の「京都府立鴨沂高等学校」となり、数々の著名人も輩出しています。

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寺町通を歩いていて目を引くのが、まるで寺社のような風格がただよう旧正門の屋根瓦。

こちらの屋根瓦は、旧九条殿河原町邸より茶室とともに移築されたものだそう。

老朽化による校舎の改築後も旧正門の屋根瓦は姿を残し、伝統校の歴史を伝えています。


京都府立鴨沂高等学校(きょうとふりつおうきこうとうがっこう)
京都市上京区寺町通荒神口下ル松蔭町131
市バス停荒神口から徒歩3分

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