里山知新

SATOYAMA

BLOG里山暮らし2019.03.05

京北、今昔物語

先日、「京北の、昔の話を地元のおじいちゃん、おばあちゃんから聞いてみない?

カフェに来てくれはる地元のおじいちゃん達の自分たちの昔話が、もう本当に興味深くて!」

と、カフェも運営されている京北くろだ里の駅プロジェクト代表の川口さんに、

お知らせをもらい、昔の京北って?とワクワクしながら訪ねに行きました。

きくやカフェ暖炉.JPG

講師の3名の先生方は、皆さん昭和15年生まれ。現在、京北の人口は4600人ですが、

人口1万人時代をご存知の方々です。地元生まれ地元育ち。戦時中戦後が幼少期だったこと。

食生活は海が遠いこともあり、鮭も鯖もニシンも保存の利く塩漬けのものがほとんどだったことや、

糀屋さんから糀を買い味噌や醤油も家庭で作っていたこと、農業は今のトラクターに代わるのが

牛で各家庭牛を飼い田畑を耕していたこと、当時を振り返りながら「昔のこと思たら、今はホンマに

なんでも便利で良うなったわ~」と目を細めて笑う先生方。

きくやカフェお話会3.jpg

私が一番興味を持ったのは、これまでも京北の経済を支えてきた林業の話で交通のなかった昔は

筏を組み、上桂川から下流の嵯峨に北山杉の丸太を流していたこと。驚いたのは寒い冬に筏を流し、

流して下流に着いたら歩いて京北へ帰って来られていた事が1番びっくりしました。今よりも

明らかに積雪量も多く、寒くても防寒着も今よりも薄かったであろうその時代に、寒い川に筏を流し

雪の中を歩いて峠を戻って帰ってきた先人の方々の当時を思うと、

想像に及ばないほどのご苦労だったことでしょう。

きくやカフェお話会1.jpg

講師の皆さんも「若い人たちに自分の話を聞いてもらうのは、恥ずかしいなぁ」と言いながらも

年輪も刻まれたその笑顔で終始活き活きと楽しそうに話される姿は、どこか愛おしくて

今の京北に暮らす私も、もっとたくさんの方々に京北のことを知ってもらいたい!と大変良い刺激を

もらえたひと時でした。まだまだ聞いていたかった昔語り。次回の開催がとても待ち遠しいです。



京北黒田地域を元気に!をもっとうに移住促進もされている京北くろだ里の駅プロジェクトさん。

田舎暮らしに興味のある方は、ぜひ訪ねてみられてはいかがですか?

京北くろだ里の駅プロジェクトhttp://kuroda-satonoeki.jp/