BLOG外国人料理人奮闘記2019.11.21

中国人料理人 黄忠治さんの「コツコツ」と積み上げた先に

和食を学ぶために板前修業をする人や自国の料理で勝負する人など世界の料理人が食の発想を求めて訪れる美食の街・京都。なぜ京都なのか? 彼らが京都で得るものは何なのか? 外国人料理人の苦労や成功体験を通して見える京都の食とは。

今回ご紹介する外国人料理人は、香港出身の黄忠治(ウォン・チーチュン)さん。「食べる辣油」ブームの火付け役であり、京都を訪れる役者たちが足しげく通う名店「菜館wong」の主は、なぜ京都・帷子ノ辻(かたびらのつじ)に根を下ろしたのか。"ご縁"に導かれた半生をお聞きしました。

香港から日本へ。そして人生を決定づけた"出逢い"

初めて来日したのは26歳の時です。16歳で料理の世界に入り、香港でコックをしていましたが、同僚に「日本で腕を振るってみないか」と誘われて、岡山で働き始めました。しばらくして岡山から京都の店に移り、一度香港に戻って2年間修業をし、再び友人に誘われて東京へ。東京では4年半働きました。その後、京都で仕事を見つけて再び舞い戻り、それからずっと京都です。

なぜ京都かって? 実は岡山時代に出会った今の家内が京都で働いていたからです。付き合い始めた当初、彼女は職場の学生アルバイトで......職場恋愛ですね(照)。ところが卒業後、彼女は京都で就職することになり、僕も一緒に付いていくことにしました。それが京都との最初のご縁です。しかし今度は僕が香港や東京で仕事をするようになり、なかなか行き来もままならない遠距離恋愛状態に。お互い忙しかったので会えるのはせいぜい月に1~2回。そこで、家内と結婚するため京都に職を求め、太秦に新居を構えました。

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本場の味を地元で気軽に

それから11年、京都のいろんなお店で働きました。日本人のコックさんは、総じてまじめで勉強熱心。妥協をせず、技術を高めていく姿勢にとても刺激を受けました。でも人の下ではなかなか自分の作りたいものに挑戦できない。そんなジレンマを抱えて仕事をするうちに「日本のチーフたちから学んだ姿勢と、香港で培った本場の技術。このふたつを合わせたらイケるんちゃう?」と思い始めたんです。

自分の思うような料理に挑戦したい、という気持ちのほかに、地元に貢献したい、恩を返したいという思いもありました。わざわざ祇園や河原町まで出かけなくても、地元で本格的な香港の料理が楽しめる。そんな店を作りたいな、と。そうして今から13年前に、帷子ノ辻駅のすぐ近くに「菜館wong」を開きました。

店をオープンしてすぐに、(松竹京都)撮影所のスタッフたちが贔屓にしてくれるようになりました。当時から今まで、ずーっと通ってくれています。撮影所の廊下にはうちのメニューが貼ってあるとか(笑)。スタッフからの口コミで役者さんたちも来てくれますし、本当にいろんなご縁があって、今の自分があると思います。

香港時代の思い出が詰まった料理たち

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これは僕が赤ちゃんの頃から食べている香港粥。棒鱈とピーナッツが入ってます。香港粥はお母さんが作る家庭料理であり、下町の屋台料理でもある。このお粥には香港で生活していたころの思い出がいっぱい詰まっていて、いつもお母さんのことを思い出しながら作っています。

よく間違われるんですが、ダシは一切使っていません。棒鱈とピーナッツから出るうまみだけ。それだけで、こんなに深い味わいになるんです。日本ではこの棒鱈が手に入らないので、年に2~3回、香港に里帰りするときに仕入れています。お粥だけのために。この「棒鱈とピーナッツ」っていう組み合わせは、お米に一番合うんですよ。生米を真水から火にかけて、じっくり4~5時間。昔の中国の料理人が発見した偉大な組み合わせです。

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香港でコックの見習いをしていた頃、このエビのガーリック蒸しがすごく流行ったことがあったんです。味付けは塩とガーリックだけ。すごくシンプルな料理なのに、びっくりするほどおいしい。春雨が蒸したエビのうまみを吸って、これ格別。初めて食べたときは衝撃的でした。この料理も、香港時代の思い出を蘇らせてくれる一品です。

「食べる辣油(ラー油)」の火付け役に

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辣油の販売は2007年頃から。うちは醤(ジャン)も辣油もすべて手づくりなんですが、常連の撮影所スタッフたちが辣油を気に入っちゃって「ぜひ売ってほしい」と。その後、仲間由紀恵さんや西村和彦さんがテレビで紹介してくれて、ちょっとしたブームになりました。いろんなお店やメーカーが一斉に「食べる辣油」を商品化して、お祭りみたいで楽しかったなぁ。

餃子はもちろん、鍋のスープやお粥、ごはん......何にでも合いますよ。仕込みから完成まで一週間くらいかかるんですが、やはり作りたてが一番おいしいので、あまり大量に作らず、常時少しずつ仕込んでいます。卓上の辣油は食べ放題なので、みなさん「おいしい、おいしい」と、たくさん召し上がりますね(笑)。

流れに身を任せてたどりついた「今」

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なにかに導かれるようにたまたま日本に来て、家内と出会って、長い遠距離恋愛の末に京都で店を持って......本当に全部「たまたま」。もしあの時、日本に来なかったら全然違う人生だったでしょうね。今は朝7時過ぎには店に来て、帰るのは23時くらい。立ちっぱなしで腰も痛いけど、みんなが「おいしい」って言ってくれるのがうれしくて苦にならない。仕事も結婚も大満足。あとは健康に気をつけて、この場所でできるだけ長くお店を続けていきたいですね。健康のために最近、サイクリングを始めました。休みの日には友人と梅田あたりまで走りにいくこともあります。帰りはさすがに電車ですけど(笑)。

コツコツと積み上げることの大切さ

好きな言葉は「コツコツ」。特に自分の店を持ってからはなおさら意識するようになりました。仕事も遊びも人付き合いもコツコツ。商売を続けていくためにも、いろんなものを「コツコツ」積み上げていきたいですね。

撮影 鈴木誠一 取材・文 鈴木敦子

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■菜館wong

京都市右京区太秦堀ヶ内町32‐2
075-872-5216
11:30~14:00 18:00~20:30(L.O.)
休 月曜、第3日曜

食知新