BLOG外国人料理人奮闘記2019.12.27

フランス人料理人 ウエ・フランクさんの「いただきます」

今回ご紹介する外国人料理人は、北大路橋のたもとにあるビストロ「レ・ドゥ・ギャルソン」オーナーのウエ・フランクさん。フランス、ロワール地方で生まれたフランクさんが、京都の古い町家でレストランを始めるまでのストーリーを聞かせていただきました。それでは、On va commencer!

勉強嫌いの少年が14歳で料理の世界へ

僕は勉強があまり好きじゃなくて、早くから料理の道へ進もうと決めていました。14歳になる直前に実家近くの「プレ・ポンテサージュ」という専門学校の準備クラスのようなところに入り、そこで料理の勉強を開始。学校に通いながらレストランで実習するという生活を2年間続け、16歳で「ポンテサージュ」(料理の専門学校)へ進みました。プレ・ポンテサージュからポンテサージュを卒業するまでの4年間、ロワールの「ル・ラブレ」というシーフードが有名な店で働いたのですが、そこでは料理はもちろん、話し方やマナー、掃除に数字......何も知らない14歳の僕は、一からすべてを叩き込まれました。

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卒業後は学校のあっせんでロンドンのレストランへ。経験豊富な厳しいフランス人シェフのもとで働いたあと、フランスやスイスのリゾートレストランなどで各地のスペシャリテを覚え、シェフとしての腕を磨きました。

仕事ばかりのハードな日々に心が折れて

日本に初めて来たのは2002年、21歳のとき。その少し前、南アジアを旅行中に、のちに結婚することになる日本人女性と知り合ったのがきっかけです。

21歳で日本に住み始めた時、既に料理人として8年ほどの経験がありました。最初に働いたのは、当時四条烏丸にあったビストロ「パリの食堂」です。日本での仕事はハードだと聞いていましたが、思っていた以上に大変でした。毎日16時間働いて、休みは週に一日。もちろんバカンスなんてないし、プライベートな時間はほぼゼロ。その上、言葉の問題もあってコミュニケーションに一苦労......実家の母が「仕事なんてやめて早くフランスに帰ってきなさい!」って激怒するぐらい痩せ細ってしまいました。

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毎日、ただ職場と家を往復するだけの生活。そうこうするうちに結婚も破綻し、一度生活を立て直すためにフランスに戻ることにしました。でも「2年後には日本に戻ってくる」と決めていて、実際ヨーロッパで2年働いた後、再び京都に戻ってきました。なぜかって? 確かに仕事は大変だったけど、日本のことは好きでしたから。年配の人を敬うところや同僚へのリスペクト、治安の良さ......今度は仕事だけじゃなく、プライベートも充実させて、日本のことをもっとちゃんと知りたいと思ったんです。

2006年、京都で再スタート

2006年に再び来日した時、手を差し伸べてくれたのはシェフ仲間でした。「パリの食堂」で苦楽を共にした「エピス」の井尻シェフ、「アルザス」の道坂シェフ、そして新町通にあった「ガスパール」の内野シェフ。最初は住むところもありませんでしたが、ガスパールの上に住まわせてもらい、彼らの店で働き始めました。友人と食事に行ったり、クラブに出かけたりする余裕もできて、今の奥さんと出会ったのもちょうどこの頃。いつか自分の店を持ちたいと思いはじめ、そのための準備も少しずつ始めました。

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レストランで働く傍ら、意外な才能を発揮

店を始めるには資金が必要だと思い、副業として始めたのが牧師です。関西だけじゃなく、名古屋とか四国とか、いろんな土地の式場に行って、たくさんのウェディングに立ち会いました。結婚式って一生に一度のものだし、「絶対に失敗できない」というプレッシャーがあって、最初はすごく緊張しました。前日は禁酒を守り、ベストの状態で臨めるよう体調を調えて......でも、仕事自体はとても楽しかったな。

今でも思い出すのが、大阪の茶屋町にある、とあるホテルのチャペルでのこと。ある朝、大阪市内を見下ろす高層階のチャペルで、たまたま聖歌隊のリハーサルを見た時、とても感動したんです。静謐な空間に、聖歌隊のほかは僕一人きりで。結婚式の牧師業って「愛を渡す」という素晴らしい仕事。もしお店が潰れたら、また牧師に戻りたいな(笑)。

2012年、オープンへ向けて動き出す

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そんな生活を6年ほど続けて、転機が訪れたのが2012年。当時、仲良くしていた長谷川琢馬くん(現「くまのワインハウス」オーナー)と彼のお姉さんの店に食事に行った時、琢馬くんのお義兄さんから「2人で一緒にお店をやれば?」と言われたのがきっかけです。琢馬くんはその頃、一時的に料理の世界から離れていたんだけど、「2年後に2人でお店を始める」という具体的な目標が決まり、それぞれ動き始めました。

資金繰りや物件探し、お店のイメージを話し合ったりと大変でしたが、ボロボロの町家を大工さんたちと少しずつリノベーションして、目標だった2014年になんとかお店をオープン。料理は僕、ワインとサービスは琢馬くんが担当して、最初は二人だけでスタートしました。だけどオープン前、毎日店の工事に立ち会ってるうちに、近所の人ともすっかり打ち解けて......彼らがしょっちゅう来てくれたので、オープン直後からすぐに忙しくなりました。

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これは、タイムとローズマリーで風味付けをした「うめ鶏のロースト」。直前に熱々のオリーブオイルをかけるので、立ち上がってくるいい香りがなんとも言えません。身はとても柔らかいのに外側の皮はパリッとしていて、お気に入りの一品です。

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トマトベースのソースとクリーミーなアイオリソース、ふたつの味が楽しめる「サーモンとエビのブレゼ」。これ目当てのお客さんも多い、ランチの人気メニューです。大ぶりのサーモンはとても食べ応えがありますよ。

今ではすっかり日本がホームに

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初めて来日した時、日本という国にすごく重苦しさを感じました。ルールが厳格なところとか、堅苦しい感じがするところとか。でも、今ではすっかり日本に馴染んでしまって、逆にフランスに帰ると「ここには住みたくないな」と感じるほど。日本人の仕事に対する真摯な姿勢や他人への心配り、そういうフランス人とはまったく違うフィロソフィーが、自分にとっての当たり前になってしまったんですね。

好きな日本語は「いただきます」です。どうしてフランス語には「いただきます」にあたる言葉がないんだろう? 不思議ですね。「こちそうさま」や「おつかれさま」もそう。人に感謝を伝えたり、さりげなくねぎらったりする言葉って、いいなぁと思います。

撮影 鈴木誠一 取材・文 鈴木敦子

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■LES DEUX GARCONS(レ・ドゥ・ギャルソン)

京都市左京区下鴨上川原町3
075-708-7500
11:30~14:00(L.O.)18:00~22:00(L.O.)
休 木曜

食知新

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