BLOG外国人料理人奮闘記2020.01.25

韓国人料理人チェ・ユンジョンの「いただきます」

今回の外国人料理人は、京都市が日本料理アカデミー(※)と連携して行う「特定伝統料理海外普及事業」の制度を利用し、平成30年1月から祇園「菊乃井本店」で働くチェ・ユンジョンさん。40歳を過ぎて日本料理の世界へ飛び込んだきっかけとは?和食にかける熱い思いをお聞きしました。

人生を変えた出汁との出会い

出身は釜山です。もともと和食が好きで、地元の日本食レストランをよく利用していました。ところが観光で日本を訪れた際、とある和食店で「お椀」を食べた時に、今まで味わったことのない出汁の味にとてつもない衝撃を受けたんです。「なんの出汁だろう? どうやって作るんだろう?」と、いろいろ調べてみましたが、言葉の問題もあってよくわからない。そこで、まずは日本語を覚えようと、来日して日本語学校に通い始めました。

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日本語学校に一年通い、その後、調理師学校に入って料理の基本を学びました。そこで、ようやく出汁の疑問が解けたんです。出汁の取り方の授業の時に「あ、これだ!」って。「先生、私はこれが知りたくてここに来たんです!」って(笑)、ものすごく興奮したのを覚えています。

農林水産省のプログラムに参加

一年後、基礎コースの卒業を控え、さらに専門的な勉強をするにはどうしたらいいかと考えていた時に、農林水産省の「日本料理海外普及人材育成事業」を知りました。早速、調理師学校に相談し、事業に参加していた浜名湖のホテルで働けることになりました。2年という期限付きでしたが、すばらしい料理長に出会い、盛り込み、前菜、焼き場、板場......と、すべてのポジションでメインを担当させてもらい、とても勉強になりました。

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でも日本料理を極めるには、2年じゃ全然足りないんですよ。旬の食材は出回る時期も短いので、たった2年ではほとんど何も学べません。今の技術のままでは、とても「日本料理店」の看板はあげられない。そこで再び、なにか方法はないかと調べてみたら、私の利用できそうな制度が京都にあると分かり、問い合わせてみることにしました。

人生最後のチャンスに賭けて

これを逃したらもう韓国に帰るしかない。人生最後のチャンスだと思い、今までの実績として認めてもらえそうなものをすべて持って、京都の日本料理アカデミーを訪ねました。ビザの関係で一度韓国に帰国しましたが、アカデミーの担当者がとても親身になってくれて、韓国から「特定伝統料理海外普及事業」に応募。それから結果が分かるまでの長かったこと......もうダメかと思い、途中で何度も心が折れそうになりましたが、2017年12月下旬にようやく待ち望んだ連絡をもらうことができました。日本で修業を続けられると分かった瞬間、すぐに日本行きのチケットを取りました(笑)。

憧れの調理場へ

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「菊乃井」には調理師学校時代に食事に来たこともありますし、大将の講演を聞いたこともあって、京都でも指折りの名店だと知っていました。そんな店で働けるなんて、本当に夢のようです。ホテルとは扱う食材も違うし、なにより既製品をほとんどといっていいほど使わず、調理場で一から手作りしているのに驚きました。最初は八寸場を担当し、この12月から板場に入っています。板場ではとにかく、「うまくできない自分」にいらいらしますね。自分の仕事に満足できず、歯がゆい日々です。

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今、調理場に女性は私一人。でもみんな私をオッサンと思っているみたいで(笑)、そのことでやりにくさを感じることはありません。勤務は朝10時からですが、修業中になんとしても「鱧と河豚」の扱い方をマスターしたくて、鱧の時期は8時に、河豚を扱う今の時期は9時に出勤しています。旬の食材を見られる期間は短いので、少しのチャンスも無駄にしたくないと思っています。

公私ともに和食漬けの日々

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ここで5年の修行を終えた後は、まだ場所は分かりませんが、世界のどこかで自分の店を持ちたいですね。今はその目標に向かって、やるべきことをやるだけです。そのことしか考えられません。もちろん休日には京都の寺社を訪ねたり、浜松時代の友人を嵐山に案内したりと、京都の生活も楽しんでいます。京都の文化はすごいなぁと、あちこち行くたびに思いますね。

「命をいただいている」という気づき

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調理師学校時代、屠畜場の見学に行った時に「いただきますの意味を知っていますか?」と聞かれて、その時初めて「いただきます」が「命をいただく」ことに対するお礼や感謝の気持ちを表す言葉だと知りました。動物はもちろん、植物にも命があって、それをいただいているんだ、と改めて気づき、日本語ってすごいなって。韓国にも「チャル モッケスムニダ」という「いただきます」にあたる言葉はありますが、直訳すると「よく食べます(食べるつもりです)」となり、日本語の「いただきます」が持つニュアンスはありません。それからは、いつも「命をいただいている」ことを意識して仕事をしています。店の入口に大日様の祠があるんですが、毎朝「おはようございます、今日も命をいただきます。よろしくお願いします」と心の中で唱え、手を合わせてから出勤しています。

※日本料理アカデミー......若い日本料理人の育成や海外料理人の受け入れ事業など、日本料理の普及に取り組む特定非営利活動法人

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■菊乃井本店

京都市東山区下河原通八坂鳥居前下ル下河原町459
075-561-0015
12:00~12:30入店、17:00~19:30入店
休 第1・3火曜

食知新

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