BLOG京の会長&社長めし2019.07.09

日本合繊工業の会長が通う店 「ちもと」

京都にある会社の会長&社長は、どんな店でどんな料理を食べているのでしょうか? 彼らが通う一見さんお断りの超高級店から大衆店までご紹介する【京の会長&社長めし】。今回は日本合繊工業 取締役会長の鈴木康次さんが通う店、料亭「ちもと」です。

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■鈴木康次(すずき やすじ)さん

日本合繊工業株式会社 取締役会長
産業用・工業用繊維の精練加工など、各種仕上加工を行う日本合繊工業に1971年入社。父の跡を継ぎ、30代で専務取締役を経て代表取締役社長に就く。バブル前後の荒波を乗り越え、2018年より現職。ロータリークラブの美食グループの会長も務める。会合での店選びには定評があり、多くの仲間が全幅の信頼を寄せている。

京都人としての遊び方を学び、人生を豊かにしてくれた料亭

子供のころから父に連れられ、洋食店やお茶屋を訪れていたという鈴木さん。気に入った店は1年の内に訪れる日を早々に予約してしまうという。
1年に8~10回訪れる店が15軒。2~3回の店が40軒。それに新規開拓もします。日祝はお休みです(笑)」(鈴木さん)
ほぼ毎日、会食の予定が入っている鈴木さんが40年以上通い続けているのが、料亭「ちもと」だ。

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四条大橋西詰に風情をたたえてたたずむ姿を、目にした人も多いだろう。ちもとは1718(享保3)年、西陣で仕出し屋として創業。明治初期にこの場所に移転して以来、料亭として画家、文化人、歌舞伎役者衆など、名だたる著名人に愛されてきた。

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「会合の場所として最初に訪れた30代の時は、料亭にもそれこそ祇園にも不慣れな若造でした。今は引退された大女将に、質のいい遊び方をずいぶん教えていただいたものです。おかげで人脈もとても広がり、感謝してもしきれません。
そんな昭和4年生まれの大女将とは、今でも季節ごとに食事デートをしています。私は大女将の恋人のひとりなんですよ(笑)」(鈴木さん)

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鈴木さんがいつも利用しているのが、2階の中広間。鴨川が眼下に広がり向こう岸には南座を臨む。
「東京、大阪、滋賀など、京都以外の方との接待でうかがうことが多いですね。5~10名くらいでも、部屋が広いので大いにくつろげます。窓辺からの京都らしい景色を背景に、広間で芸舞妓の舞を鑑賞すると、どなたにも京都らしさを満喫できたと喜んでいただけるんです。とても気に入ったからと、ちもとさんへの予約を代わりに頼まれることもあるほどです」(鈴木さん)

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ちもとには掘りごたつの部屋もあるが、畳の上に座布団であぐらをかく、昔ながらの"本当の"お座敷のスタイルが鈴木さんの好みのようだ。

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大女将の姪にあたる現女将の松井薫さんは、13年前にちもとで働き始めたときからのつきあいになる。「英語が堪能なので、外国人の方にも喜んでもらえるし、頼りになるありがたい存在です」と鈴木さんは言う。

「鈴木会長は京都の文化を深く愛され、ふるまいがとてもスマートでいらっしゃいます。ご一緒されている方だけではなく、私どもにも分け隔てなく気さくに話しかけてくださって。それこそ時にはジョークをはさみながら、こちらの緊張をほぐしてくださるんです。本来、おもてなしは私どもの専売特許ですのに、あべこべですよね。でもその粋な心配りがあまりにも自然で、みんな会長のファンになってしまいます。
これぞ京都の旦那さんではないでしょうか。現代ではこのような方は少なくなってしまい、もしかしたら鈴木会長が最後のおひとりなのでは、とすら思えます。実は私、会長のそんなご様子やお顔立ちから、密かに"和製ジョージ・クルーニー"と呼んでいるんですよ」(松井さん)

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料理はいつもおまかせコース。季節を映しだす美しい姿とその味に、鈴木さんは全幅の信頼を寄せている。7月の七夕の風情をあしらった「鱧の落とし」は、笹の葉がまさにサラサラと清涼感を運んでくる一品だ。

「こちらの鱧料理は、おとしでもお吸い物でも焼霜でも、身がふっくらと柔らかです。優しい口あたりで、いつも満足させていただいています」(鈴木さん)
その秘密を、40年以上ちもとの板場に立つ料理長の丹谷節雄(たんや みさお)さんが、そっと教えてくれた。
「鱧は1.21.3キロの脂ののったものを。ただ長いだけではダメで、太ったものに限定しています。そして茹でるときは真水ではなく、塩を足すことで旨みが出るんです」(丹谷さん)

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へしこやくさやなど、和の発酵食品が好物だという鈴木さんのお気に入りが、御椀「吉野仕立て」。なんと鮒寿司のお吸い物だという。
「米に漬かった鮒寿司を酒粕に移し替えることで、鮒寿司の塩気がまろやかになり、そのまま食べることもできるほどです。その鮒寿司を冬瓜にのせ、針茗荷と生姜を散らし、ほんのりと吉野葛のとろみがついた出汁を回しかけます」(丹谷さん)

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先々代の松井新七氏が考案したという「麦飯蒸し」は、ちもとを代表する料理のひとつだ。
「麦飯の周りをぐじと錦糸卵でくるみ、青ねぎ・紅葉おろし・海苔を添えます。そして焼いたぐじの骨からとった出汁と一緒に召し上がっていただくと、するすると軽くのどを通るのではないでしょうか。元々は、食欲のなくなる夏のお料理として始まりました」(丹谷さん)

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季節ごとに変わる料理も常に変化と進化を遂げると同時に、客の好みにできるだけ応じる。なので、いつこれらの料理をいただけるかはその時によるが、それは器も同じで一期一会だ。ちもとにはなんと2200種以上の器を保管されているという。それらの整理には3年半を費やしたとか。そのほとんどがそれぞれ3080客もあるので、総数はもはや数え切れない。「過去3年は同じ器ではお出ししない」という決まりのもと、器は選ばれていくそうだ。

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「お客様の心に耳を澄ませながら」という信念が、300年にわたり代々受け継がれているちもとでは、昭和初期までは地下に大浴場があった。ひと風呂浴びて汗を流し、用意された浴衣に着替えて、芸舞妓とともに食事を楽しむ――なんとも優雅な時間が流れる、そんな時代があったのだ。

「今では大浴場はありませんが、2~3時間のお食事の時間で日頃のお疲れを癒していただけるよう、心を尽くしております。ちもとにいらっしゃる間は、男性はお殿様、女性はお姫様になっていただければと。皆様のお好みや、その時々の心は目に見えるものではありません。そんな、言葉にならない思いに耳を澄ませながら、よりよいおもてなしに心を砕いてまいりました」(松井さん)

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そうした、「お客様にゆったりとすごしてほしい」という願いは、京都の夏恒例の床にも現れている。鴨川に張り出す多くの床が、隣席との間が密集して客同士がくっつかんばかりのなか、ちもとではわずか7席。しかも雨が降っても必ず個室に移動でき、酒宴を途切れることなく続けるられるのだ。
「お席との間が空いていると、風も通りやすく、涼しく床を楽しんでいただけます。床では活きのいい天然の鮎を、目の前でお焼きします」(松井さん)
その魅力は、京都以外の方や外国人にはおすすめだと、鈴木さんも認めるところ。だがご本人は「たまにデザートだけ食べに床を使うこともあるけれど、基本的に京都人は床を利用しません(笑)」とのことだ。

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祇園にも出やすい立地で、歴史ある数寄屋造りの建物のなか、格調高い器で技が効いた季節の料理をいただく――。大女将から学んだ粋な姿で、今日も鈴木さんはちもとで、ゆったりとした時間を過ごしているのだ。

撮影 瀧本加奈子  文 竹中式子

■ちもと

京都市下京区西石垣通四条下る
075-3351-1846
12:00~14:30(最終入店)、17:00~20:00(最終入店)
定休日 不定休 月2回※HPで確認を
http://chimoto.jp/index.html

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