食知新

FOOD

BLOG京のほっこり菜時記2018.12.05

「こっぺ」

By中井シノブ

待ち焦がれたカニの季節がやってきた。116日のカニの解禁日が近づくと、「今年もカニの季節ですねえ」と電話をくださる店があって、いそいそとでかけていく。お目当ては松葉ガニの雌「こっぺ」。一般的には「セコ蟹」と呼ばれるが、鳥取では「親ガニ」、石川など越前では「香箱ガニ」、そして京都では「こっぺ」と呼ぶ。

雄のふくふくして甘い身も確かに美味しいが、私は赤い子のつまった雌のこっぺが好き。料理屋さんにいくと、内子が詰まった甲羅のなかに、足の身やプチプチした食感の外子もきれいに盛ってだしてくれる。細い足から身をだしたり、甲羅についた外子を外すのは、ほんとうに根の要る作業。客が食べやすいようにと、丁寧な仕事をされる料理人さんには頭が下がる。もし、自分でこっぺを買って身をとりだしながら食べたとしたら、「幸福感」までは感じないだろうと思うのだ。

冒頭の店以外にも、こっぺを食べに行く店は何軒かあるが、なかでも「早く行かなきゃ」と心が急いて足を向けるのが、烏丸錦の『四季料理 かわむら』だ。日暮れ時に、錦通りから細い路地を入ると、ふんわり優しい灯りが見える。『かわむら』の開店は36年前で、当時はこの路地には、他に飲食店はなかったそうだ。

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私が通い始めたのは、20年くらい前だろうか。その頃には、この路地にもバーや和食店など数軒できていて、職場から近くよく通っていた。ただし、『かわむら』へは、なんだか気後れして入れなかった。前を通るときにちらりと見えるカウンターには、スーツ姿の紳士が並んでおられ、「私なんかお呼びじゃないな」と思っていたのだ。

ところが、隣のバーに通ううち、客を見送る女将さんとしばしば顔を合わせるようになった。何回目かに顔を合わせたときに女将さんが、バーを指さして「この店のお兄さん面白いやろ(店主は日本舞踊のお師匠さんで、ドラッグクイーンでもある)」と声をかけてくださった。「いや、めっちゃ面白いんですよ」と答え、顔を見合わせ笑いあった。

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そんなことがあって『かわむら』の暖簾をくぐってみると、誠実で確かな味の料理に、私はすぐに夢中になった。おからや鰊なすなどおばんざい、お造りも天ぷらも。何を食べてもしみじみ美味しくて心が安らぐ。女将さんの人柄そのものという感じだった。

そう、そしてもちろん「こっぺ」も。この店のカニは基本、間人(京丹後市の港)から届く。ただし、水揚げが少ないと入荷しないので、電話は必ず必要だ。間人は船が5隻ほどしかない小さな港で、近場で漁をするから、カニが新鮮で美味しいといわれている。確かにそうだろう。でも、こうして美しく料理してくれる店があるからこそ、その価値はなお上がるのだと思う。

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身はしっとりとして甘く、内子も味噌も濃厚。美しい葉を添えるきめ細やかな演出にも、女将さんの客への想いが感じられる。

今年はあと何回食べられるだろう。この先、何年ここに通えるだろう。「この店が続く限り、通えればいいなあ」と女将さんと話しながら思うのだ。

■ 四季料理かわむら

京都市中京区錦通り烏丸西入
075-255-0192
営業時間/17:00~23:00
定休日/日曜日

中井シノブ

京都の情報誌編集長を経てライターに。飲食店取材1万軒。外飯、外酒がライフワーク。著書に『京都女子酒場』(青幻舎)、『京の一生もん』(紫紅社)などがある。