BLOG京のほっこり菜時記2019.10.04

「松茸」

By中井シノブ

飲食店取材1万軒を超える京都在住のライターが、時々の「うまいもの」を歳時記的につづる【京のほっこり菜時記】。 今回は秋のご馳走「松茸」をご紹介します。

幼い頃は、「松茸」の美味しさがまったくわからなかった。
父や母が「すき焼きにしようか、松茸ご飯にしようか」と大騒ぎしている横で、「私は椎茸で十分」なんて思っていた。

いつ頃からだろう。「秋といえば松茸でしょう」と心待ちするようになったのは。値段を知ってからだろうか。年を経るごとに私の中でも「松茸」はご馳走ランキングの上位に入るようになった。今では「松茸」と口に出して言うだけで、あの芳しい薫りがわきあがる。
鱧松鍋、土瓶蒸し、焼き松茸、松茸ご飯に松茸フライ、松茸パスタと料理も際限なくあって悩ましい。

いろんな料理をたっぷり食べたい時は、季節の特産品を商う寺町三条の「とり市」に足を向ける。店の前を何度も行ったり来たりして、籠盛になった「松茸」を横目で眺め、「あのくらいの値段なら買えるかも」、「よし! 今日は奮発しよう!」と決心して立ち止まるのだ。

以前、この「とり市」の販売員の方に、松茸と料理の相性についてお聞きしたことがあった。
「松茸」は生長にともなって若い時期のものから「ころ」、「椀」、「開き」と形態に合わせ呼ぶそうだ。

頭の小さい「ころ」はシャクッとして歯ごたえがよく土瓶蒸しや鍋に、そして中開の「椀」は焼き松茸に、松茸ご飯には「開き」が適しているという。

最近では、中国産やメキシコ産は7月頃から出回るというが、国産は9月以降がピーク。京都の丹波産も10月頃だろうか。

私の実家では、お好み焼きの種に「開き」を刻んで混ぜ込んだ「松茸お好み」が定番だった。ふっくらしたお好み焼きに「松茸」の香りが封じ込められ、口に入れるとそれが広がる。高級なのかB級なのかわからない料理だが、妙に美味しかった。

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大人になった今は、割烹などで松茸料理を注文することもある。丸ごと焼いて、香りが立ち上がった頃合いに、手で割いて皿にとってもらうときの嬉しさと言ったら...。そのままでも美味だが、ちょっと塩をつけたり、酢橘をキュッと絞ったり。

「もう今年はこれで十分です!」的な幸せに満たされるのだ。

鱧松鍋や焼き松茸のように1本、2本といただくと高価だが、お椀や土瓶蒸しなどはそうでもない。京都の料理屋では、意外にもリーズナブルな価格で、松茸料理を堪能できるからありがたい。

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たとえば、京都駅近くで美味しいものというときに足を向ける料理屋「燕」もそんな一軒だ。

店主の田中嘉人さんは、京都の名料亭やNYの精進料理店に勤めた経験を持つ料理人。和食に則りながらも、洋食材を使ったり、エスニックな味わいを加えたりと独自の料理をつくりあげる。「せっかく美味しいものが世界中にあるんだから、その風味を和食にとりいれて表現したい」と田中さんは言う。

2013年の開業以来、そんな工夫に惹かれる客はどんどん増え、「京都に着たら必ず立ち寄る」常連を全国にもつ店になった。

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鶏や魚の唐揚げには、レモンではなくフィンガーライムを添える、白味噌椀に苺を合わせると新たな好相性を見つけ出す田中さんの味覚力は底知れない。

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だが一方で、誰もが食べたい鮎の塩焼きや鱧松のお椀など王道の日本料理もあるのが、この店の魅力。遠方から来た客に「京都の美味しいもの」をちゃんと用意してくれるのだ。

最近は早めの予約が必要になったが、空いていれば東京出張の前に立ち寄って小粋なつまみでビールを一杯。遅めに京都駅に着いた日に美味しいものを求めて立ち寄ることもある。

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出張帰りで疲れていても、気さくでおちゃめな田中さんと世間話をすると、なんだか心身がほぐれていく。そういう意味では、「松茸」×「田中」の組み合わせは最強の和み飯かもしれない。

今年はどこで何回「松茸」を食べられるだろうか。楽しみな季節がやってきた。

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■ 燕 en

京都市南区東九条西山王町15-2
075-691-8155
17時30分~23時
休 日曜・祝日の場合は月曜日

中井シノブ

京都の情報誌編集長を経てライターに。飲食店取材1万軒。外飯、外酒がライフワーク。著書に『京都女子酒場』(青幻舎)、『京の一生もん』(紫紅社)などがある。

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