BLOG精進料理知新2019.08.22

京都の料亭「木乃婦」、高橋拓児の「精進料理をひもとく〜これからの精進料理は?〜」

By高橋拓児

料亭「木乃婦」の三代目主人が考える精進料理とは?その進化や精進料理への思いについて語っていただく連載【精進料理知新】今回は、精進料理のこれからの可能性についてお話いただきました。

料亭「木乃婦」の三代目主人、高橋拓児さんは、2015年より京都料理芽生会創立60周年事業で同会が取り組んだ「精進料理の世界へ」をメンバーともに推進してきました。現在も自身の店で、お客さんの要望に応えるかたちで精進料理に取り組んでいます。高橋さん自身が考える精進料理とは?その進化や精進料理への思いはいかに?というテーマで5回にわたって、語っていただきます。

今回はその最終回。ずばり、精進料理のこれからはどうなっていくのか?を伺いました。

※「京都料理芽生会」/日本料理の発展と、伝統と格式のある京都の食文化を次世代へ継承するために1955年に設立。京の料亭の若主人たちが研鑽・研究を行い、様々な挑戦を行っている。

何ごとにも美を求める日本人の感性。これは変えようのないこと。

 ここ4年ほど、ほぼ精進料理が念頭にあったと言っても過言ではないかもしれません。通常の料理を作る時も、精進料理の考え方で捉えることが癖になってしまっているというか(笑)、不思議ですが、その方が自分でも納得がいくことが多くなってきました。

 精進料理に関わるようになって一番変わったことは、食材に対する考え方かもしれません。以前は、旬のもっともいいものを使うことのみを考えていましたが、今はまず、食材を前にして、その背景を考えるようになりました。

 この食材はどこでどう育って、なぜ、ここまできたのか。その背景をじっくり考える時間、少しだけ典座の気持ちに近づいているのかもしれません。

 要は食材としっかり向き合うようになったことが大きな変化だと思います。

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 精進料理は中国から渡ってきたのですが、日本に渡ってきてさらに戒律が厳しくなったように思います。特に日本人は美意識が高いので、美しさにさえ厳しいものを求める傾向があると思うんです。お寺さんでいただく精進料理も、器や盛り付けも非常に美しいでしょう?だから高度なレベルまで昇華させたのも、日本人の性というか、美的追及を際限なくしてしまう性が日本人にはあるんでしょうね。

 仏教の本を読んでいても必ず「美」というものが現れ、仏像にしても、寺院建築、庭園、装飾などにも出てきますよね。宗教なのに、そこに美しさを求めるという高邁な精神には凄まじいものを感じますよね。

 掃除ひとつ取っても、お寺さんの境内から室内、お手洗いに至るまで、ピカピカでしょう?着物を着て、白足袋を履く感覚、その白足袋がまた真っ白で生地がピンと張っていて美しい。全体を俯瞰で見出す審美的な感覚は、日本の精進料理にも生きていると思います。

 美を愛でる、楽しむとなると本来の精進の意味からずれていくのですが、料理人として精進を考える時、美しさを求めることは、やはり必要だと思います。

どんなTPOでもオールマイティな精進料理

 また、精進料理に限らず、料理には創意工夫が大切です。今ある材料をいかに使い切って、美味しくいただけるものを作るのか?もちろん栄養も考えて。そこは通常の料理と全く変わらないと思います。

 食材と向き合うこと、美しさを求めること、創意工夫をすること。この3つの柱って、そもそも、料理人がするべきことなんですよね。

 精進料理に向き合うようになって、自分自身の考え方が劇的に変わりました。

 例えば、海外で料理を振る舞うときに、なかなか日本と同じ食材って手に入らないんですよ。ナスひとつでも、めちゃくちゃ大きくて中がスカスカみたいなものが用意されることもあります。以前ですと「日本のナスに近いものを探して欲しい。そうでないと美味しい料理が作れない」と要求していました。

 でも今は、大きなナスを前に、このナスは何か意味があって自分のところにやってきたのか、それならば、なんとかこのナスの個性を生かしきって料理ができないか?と考えるようになりました。酸っぱいみかんも同じです。甘い和歌山のみかんを取り寄せて欲しい、ではなく、そうでないみかんでも創意工夫で、新しく美味しい味ができるかもしれない、と思うわけです。

 面白いことに、精進料理のルールに料理の幅が狭められたようでいて、実はものすごく広がっているんですね。これは驚きでした。

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 お客様についても、昨今はいろいろな宗教の方、戒律がある方、ヴィーガンの方、健康上の制限がある方など要求されることが様々です。それを面倒とか難しいとは思わなくなりました。精進料理の考え方で料理に臨むと、不思議に自分も納得する味で、しかもお客様にも非常に喜んでいただける料理に仕上げることができるんです。京都迎賓館の仕事でもそれこそ20か国の賓客が居られればかなりの縛りやお好みが分かれて以前なら相当、頭を悩ませましたが、今は精進料理をベースに考えているので落ち着いて取り組めるようになりました。ある意味、オールマイティな料理、それが精進料理なのだと思います。

 精進料理の海外への発信ということについては、最初はとにかく精進料理自体を味わっていただくことを念頭におきます。いきなり禅や典座のお話をしても殆ど伝わらないので(笑)。でも、二度、三度とリピートされる方は、真に興味があることがわかるので、座禅や法話が聞けるお寺さんをご紹介したり、少しずつ、禅への理解を深めていただくようなアプローチをするんです。すると料理自体の味わい方も深まっていくわけです。

 ただ、それには最低でも数年以上かかるし、本当にスロースタートで徐々にしか進んでいかないんですよ。我々日本人は、精進の土壌がそもそもあるというか仏教が生活の周辺にあって禅や精進料理の知識も、なんとなく分かっていますが海外の方はゼロからのスタートですから、本当に発信して理解してもらうには、かなりの時間を要しますね。

我を捨てつつ、我を生かす。縛りがあるようで無限の広がりが見えてくる。

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 結局、今の時点で考えられるのは、いろいろなものを削ぎ落としたところに、精進料理本来の姿があるのではないかということです。天ぷらやお揚げさんなどをどんどん取り外して、蕎麦と塩で食べるみたいな(笑)。極限のマイナス志向ですね。

 身の丈という言葉がありますが、もともと我々の食も四方四里の手の届く範囲の食材を食べてきたわけです。それ以上、無理もしないし、よそのものを勝手に取ることもなかった。身近で身の丈にあうその土地のものを使って、根っこも葉っぱも余すところなく使って、米ぬかでぬか漬けを作って、大根を干して切り干し大根にして、というように...。そうやって合理的な食の循環を生む暮らしの中で、日本食の文化を作ってきたわけです。 

 今、政治・経済・文化など全てに閉塞感があるでしょう?一度、発想変えて、四方四里の中だけで生きてみようとか、当たり前を一旦リセットしてみると面白いかもしれませんね。精進は全てに通じるものがあると思うんです。

 精進料理の理解は、料理人にとって技術革新に繋がると思います。また、僧侶から料理人へと受け手が変わるので、新しい哲学を生むと思います。

 精進料理とはこれだ!というように固定化せず、ロシア、マレーシア、京都、どの国で作るとしても自分の成したい料理を優先するのはなく、我を捨てつつ、我を生かすみたいな、そういう哲学が今、自分にとってとても心地いいんです。このバランス感覚を大切にしていきたいですね。

 ピースフルで、新しくて、どんな人が集まってもそこに料理をお出しすることができること。精進料理の強みを持っている、知っていることは自分にとって大きなことだと思います。時代が変わっても、この強みは変わらないと信じています。

取材・文/ 郡 麻江

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■ 木乃婦

京都市下京区新町通り仏光寺下ル岩戸山町416
075-352-0001
12:00~14:30(L.O.13:00)、18:00~21:30(L.O.19:00)
定休日 水曜

高橋拓児たかはしたくじ

1968年生まれ。京都市出身。新町通の京料理店「木乃婦」3代目主人。立命館大学卒業後、「東京吉兆」での修業を経て、京都の実家に戻り、祖父と父に師事。豊かな発想で従来の概念にとらわれない独自の京料理が人気を博す。料理教室での論理的でわかりやすい解説も好評。シニアソムリエの資格を取得し、ワインにも造詣が深い。NPO法人「日本料理アカデミー」でも活躍中で、京料理の海外での普及にも力を入れている。 著書に『10品でわかる日本料理』(日本経済新聞出版社) 、『和食の道』(IBCパブリッシング)などがある。

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「料亭」では、座敷で、床の間のしつらえ、庭の景色、女将さんや仲居さんの所作、季節の空気の色をふくめて、空間ごと「静」の美意識を五感で感じることができます。 「割烹」では、カウンターの目の前で、調理、盛りつけといった料理工程や、大将や、二番手、三番手の料理人の所作を見ながら、「動」の美意識を体感することができます。このコーナーでは、京都知新編集部のスタッフが実際に行ったことがある店の中から、【この店に行けば、そんな静と動の美意識を味わえる】「料亭」と「割烹」をご紹介いたします。

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