BLOGうつわ知新2020.08.25

重陽 ―菊の節句―

うつわと料理は無二の親友のよう。いままでも、そしてこれからも。 このコンテンツでは、うつわと季節との関りやうつわの種類・特徴、色柄について「梶古美術」の梶高明さんにレクチャーしていただきます。

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梶高明

梶古美術7代目当主。京都・新門前にて古美術商を営む。1998年から朝日カルチャーセンターでの骨董講座の講師を担当し、人気を博す。現在、社団法人茶道裏千家淡交会講師、特定非営利活動法人日本料理アカデミー正会員,京都料理芽生会賛助会員。平成24年から25年の二年間、あまから手帖巻頭で「ニッポンのうつわ手引き」執筆など。全国の有名料理店と特別なうつわを使った茶会や食事会を数多く開催。

重陽 ―菊の節句―

この世には「陰」と「陽」の気があり、その組み合わせによって調和がはかられているという考え方が2000年以上前の春秋時代の中国に興りました。数字にも「陰陽」が存在し、偶数を「陰」、奇数を「陽」として扱ってきました。99日の重陽の節句はその文字が示す通り、1から9までの数のうちで一番大きい「陽」の数である9が重なる日です。そのため、「陽」の気が高まり過ぎることから不吉とされ、それを祓うための節句の儀式が執り行われていました。それがまるで祝い事であるかのように扱いが変わって、現代に至っているのです。

ちょうど旧暦の99日は、菊が咲く季節でありますから、「重陽の節句」は「菊の節句」とも呼ばれるようになり、古くから菊の花びらを散らした酒を飲んだり、菊にきせ綿をして露を含ませ、その綿で顔や体をぬぐって、長寿や不老を願ったりもしました。

今も、9月の「重陽の節句」の頃には、料理屋さんでもお客様の健康長寿を願って、菊を模したうつわを用いておられます。

千家十職の樂家や永樂家の懐石のうつわだけでなく、菊の意匠は焼き物の中でも最もポピュラーなものと言ってよいでしょう。

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織部 キク平鉢

北大路魯山人もまた、菊の意匠を用いたうつわを多数残しています。
「織部 キク平鉢」は、魯山人が盛んに用いたつば型で菊の意匠を施した鉢です。
つば型とはうつわの外周部分に帽子のつばのように平らな部分を有しているものをこう呼ぶのです。

織部は本来、美濃地方の焼物でありますから、美濃地方特有の「もぐさ土」が用いられているのですが、魯山人は美濃の陶器を作る際、焼き上がった土味の中に赤みが浮かぶ信楽の土を用いることが多く、古典的なものと異なる味わいを演出しています。

この鉢はたっぷりとしたサイズに作られていますが、つばがある分、料理を盛る面積に制限があり、縁ギリギリまで盛り付けることはできませんが、料理を盛り付けた後でもうつわの存在感を強く表しているように思います。

また、中央部に菊の意匠があしらわれていますが、この菊もわずかにうつわの中心から外れた部分に置かれ、さらにうつわ自体にもわずかな歪みをもたせてあります。このことが私たちの印象に持たらす効果を、魯山人はよく理解していたらしく、彼の作品によく見受けられる手法です。

織部釉も若干のムラを持たせるように掛けてあり、ここにも魯山人の企みが潜んでいるようです。

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織部釉 菊割文平向付

同じ菊の意匠のうつわ「織部釉 菊割文平向付」からも、魯山人の企みを読み解くことが出来ます。

全体に釉薬をかけた後、中心部分の釉を軽くふき取ってあります。釉薬を拭っても、陶器の表面には釉薬の成分(恐らくはアルカリ分)がわずかに残り、それが地肌を赤く発色させることを、彼は知っていて狙ったのでしょう。

縁の花びらの部分にも、中心に近いところに釉薬が溜まり、緑の濃淡が面白い効果を演出しているようです。

このように魯山人のうつわには、なぞかけのように彼の「企み」が散りばめられています。しかし、私たちはそれが彼の意図がはたらいたものではなく、自然にそのような景色が現れたのだと思い込み、数々の「企み」を気づかずに素通りして、それらのうつわを使ってしまいます。

魯山人はうつわが作品であるとは考えていなかったのではないでしょうか。料理を盛ることによって完成される美しさや楽しさをいつも頭に描いていた人だったようです。

ですから魯山人を陶芸家としてだけ評価するのでは不十分なのかもしれません。

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「立花図」大岡春卜

最後に江戸中期の狩野派、「大岡春卜」(おおおかしゅんぼく・1680-1763)が描いた一双屏風をご紹介いたします。

菊を様々な花生に生けた「立花図」と呼ばれる屏風です。

この屏風はおそらく単純に絵を楽しむという目的だけで描かれたものではなく、様々な花生について、さらにその活け方について教えるための教科書でもあったのではないでしょうか。

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当時は、今のように画家が自分の好みの題材で作品を発表し、その中から私たちが選んで求めるのではなく、絵の依頼主が「客をもてなすため」「自分の権威を示すため」「祝い事に華を添えるため」「人に教えるための教材にするため」というような目的をもって製作依頼をしていたようです。

ですからこの屏風はおそらく教育的な目的で描かれたものだと推測します。合戦図や物語図も同様の目的で描かれていたものが少なからずあると考えられます。

当初はうつわ知新と銘をうって、月ごとに、うつわについてのお話を展開するようにご依頼を受け原稿を書き始めました。

ところが書き進めるうちに、食事を楽しむ要素は食材やうつわだけではなく、食事をいただく部屋の設えや装飾までもがうつわと考えられるのではないかという結論に至り、文化全体をひらたくお話をさせていただきました。

そのため話が多岐にわたり、文章量も多くなってしまいましたし、もしかすると、うつわ好きの人には、余計な話が多すぎるというご不満もあったかもしれません。

日ごろから私の所蔵いたします品々を用いて茶会・食事会・勉強会など、様々な企画で皆さんと遊ばせていただいているため、この場においてもついつい同じようなスタイルで話を進めてしまいました。

こうして12回、1年間の連載の仕事を終えたと思っておりましたところ、次は季節感でうつわを捉えるのではなく、やきものの種類ごとの話を連載して欲しいとお話をいただきました。

この1年間の投稿をお読みくださった皆様や、連載にお力添えを賜った皆様へのご挨拶の文章を書き終えてからのオファーでした。締めくくりの文章をこのように書き直しながら、コロナ禍で、まだしばらく続く自粛生活のなか、皆様の暮らしに潤いをもたらすようなお話が続けられるよう、もう一度気持ちを新たにして努めてまいります。もう一年お付き合いをいただけますようお願いいたします。

食知新

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